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日本史の未遂犯 ~明治維新の元勲・板垣退助を襲撃した小学校教師~

日本史の実行犯 ~あの方を斬ったの…それがしです~スピンオフ【相原尚褧】

板垣退助に「ある異変」

 懇親会の有志者3名の祝詞が終わった後、板垣退助の演説が始まりました。
 政府と人民との関係を太陽の求心力と遠心力などに例えて、自由や民権について熱弁します。その演説は2時間に及ぶものでした。
 新しい世の訪れを感じ、熱狂する観衆。しかし、尚褧だけは違いました。

 演説の後、板垣退助は用を足しに一度、会場を離れました。
 これを好機と見た尚褧は、その後を追おうとしますが、日中であることや周囲に案内の者がいたことから臆してしまい、この機を逸してしまいます。
 板垣退助は再び会場に戻りました。会場では板垣退助を慕う自由党の党員たちが次々に演説を行っていきます。
 しばらくすると、板垣退助に、ある異変が起きました。
 実は板垣退助は連日の演説で、喉を痛めて風邪を引き、体調を崩していました。その状況で2時間に及ぶ演説をしたため、体調が悪化してしまい、懇親会の退席を申し出たのです。
 しかも、板垣退助は「会場が乱れるから、見送りはいらない」と関係者に告げて、旅館に帰るために1人で会場を出ることにしました。
 相原にとって、これ以上の好機はありません。後に板垣退助も「自分一人で、実に相原の注文通り、もし相原に注文させたら、あれ以上の注文は無かろう」と振り返っています。
(この機会、失うべからず!)
 相原は素早く会場を出て、玄関で待ち伏せをしました。その手には短刀が握られていました。

 時刻にして、午後6時頃―――。
 板垣退助は靴を履き、玄関を2、3歩ほど出た、その時でした。
「将来の賊!」
 相原は白刃を手に、板垣退助に襲い掛かりました。自身の左手で板垣退助の右の二の腕を掴み、胸元を目がけて刀を突き刺しました。
「何をするか!」
 板垣退助はそう一喝すると、土佐藩士時代に修得した武術の小具足組打(こぐそくくみうち)の術を用いて、相原の脇腹に右肘で強烈な当て身を喰らわせました。
 相原の腹部には激痛が走り、怯んで小刀を握る手が一瞬緩みましたが、再び襲い掛かります。板垣退助は相原の小刀を握りしめる拳を押さえますが、相原は手を捻ってそれを引いたため、小刀は板垣退助の右手の親指と人差し指の間を切り裂きました。
 小刀を引いた尚褧は三度、白刃を板垣退助に突き刺しました。その一刀は胸部を捉え、板垣退助はその場に倒れました。相原はその上に乗りかかり、白刃を強く握りしめました。
 相原に、ついに国賊に止めを刺す時が訪れたのです。

 しかし、その時でした―――。
 異変を察知した自由党の面々が駆け付け、尚褧は突き飛ばされ、短刀は尚褧の手から離れました。そして、続々と駆け付ける党員たちに尚褧は組み伏せられ、縛り上げられてしまったのです。

 この時に板垣退助が残したといわれる言葉は、あまりにも有名です。
「板垣死すとも、自由は死せず」
 この事件を記した新聞や記録史料によって文言が異なっており、板垣退助自身も後年に「あっと思ふたばかりで、声が出なかった」と証言したり、この事件を振り返って「歴史と云うものは誤り易いものであって、そのところにあった事を書くにも違っている」と含みを持たせる言葉を残していたりすることからも、「板垣死すとも……」の名言を実際に言ったかどうかは非常に曖昧です。

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長谷川 ヨシテル

はせがわ よしてる

歴史ナビゲーター、歴史作家。埼玉県熊谷市出身。熊谷高校、立教大学卒。漫才師としてデビュー、「芸人○○王(戦国時代編)」(MBS、2012年放送)で優勝するなどの活動を経て、歴史ナビゲーターとして、日本全国でイベントや講演会などに出演、芸人として培った経験を生かした、明るくわかりやすいトークで歴史の魅力を伝えている。テレビ・ラジオへの出演のみならず、歴史に関する番組・演劇の構成作家や、歴史ゲームのリサーチャーも務めるほか、講談社の「決戦! 小説大賞」の第1回と第2回で小説家として入選するなど、幅広く活動している。NHK大河ドラマ『真田丸』(2016年)の第3話に一般エキストラとして14秒ほど出演。また、金田哲(はんにゃ)、山本博(ロバート)、房野史典(ブロードキャスト!!)、いけや賢二(犬の心)、桐畑トール(ほたるゲンジ)とともに、歴史好き芸人ユニット「六文ジャー」を結成、歴史ライブやツアーを展開中。トレードマークは赤い兜(甲冑全体で20万円)。前立ては「長谷川」と彫られている(特注品で1万5千円)。著書に『ポンコツ武将列伝』(柏書房刊)『マンガで攻略! はじめての織田信長』(原作・重野なおき、金谷俊一郎との共著、白泉社刊)がある。雑誌『歴史人』の人気ウェブ連載をまとめた『あの方を斬ったの…それがしです ~日本史の実行犯~』が3月19日(月)配本!


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  • 長谷川 ヨシテル
  • 2018.03.20